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わたしの半分と、もう半分④

    
1月16日
母方の祖父のお葬式に行ってきました。


道中高速道路でパンクしてしまい、
わたしたち家族は火葬の出棺には間に合いませんでした。

母親の親戚の方たちは、わたしたちが遅れてきたことより
無事に到着したことをよろこんでくれました。
元々責めるような人たちじゃないけど。



火葬場に着くと、祖父の祭壇の前で母方の大学生のいとこがひとりで泣いていました。


遺影の祖父の目はとても優しくて、あたたかくて、
母親の実家に遊びに行ったときのように「よく来てけたなぁ」、
と言ってくれているような気がして泣けてきた。。。

父方の祖母のときも思ったけど、葬儀の時の遺影の写真にはまだ魂がある感じがする。
祖母は納骨済ませたらフッと気配が消えてただの平面的な写真になったなぁ。




先月の父方の祖母のときの火葬場は最近改装されたらしく
新しくてホールみたいな感じで広くて大きかったけど、
こちらは田舎の小さな火葬場、って感じ。
ジブリとか昭和の映画に出てきそうな感じ。

ごうごうと炎の燃える音がやたら耳につきました。
わたしは熱くないように、と祭壇のコップの水を替えました。




控え室になっている小上がりのお座敷は母方の親族や知り合いのご年配の方たちでごった返していて、皆昼からお酒を飲んでいました。

これはいとこ居場所ないだろうな、、、
こないだ父方の大学生のいとことも話してたけど、
こーいう場で子供って本当に居場所ないよね(苦笑)

成人してても、孫って親戚の中じゃまだまだ子供ポジションだよね。
わたしと弟もそう。



火葬が終わるまでの待ち時間に、
母方の祖母の妹さんが用意してくれたというおにぎりといなり寿司を食べました。
このおにぎりが佐藤初女さんのおにぎりみたいですごく美味しかった!
田舎のおかあさんの味って感じ、、、

本当に美味しかったし、
こういう、手料理的なものを出来るだけ食べさせたくて
弟に食べといた方が良いよ!今日1日長いし!って言ったんだけど
食事も喉を通らない、みたいな状態で手付けてなかったな。。。



先月父方の祖母の火葬の前に、
数年前に曾祖母の火葬のときの人が燃えるにおいの記憶が蘇ってイヤだったんだけど
祖母のときも今回もそういうにおいは全く無かったんだよね。
火葬の機械も進化してるのかな。。。


出棺は間に合わなかったけど、わたしたちも骨を拾うことは出来ました。

わたしは亡くなってから会えなかったせいか
骨になった姿より遺影の笑っている写真の方がなんだか堪える感じがしました。


父方は浄土真宗南無阿弥陀仏)で、母方は日蓮(南無妙法蓮華経)で宗派が違うんだけど
父方のときは喉仏だけべつに小さな骨壷に入れていたので

全部同じ骨壷に入れているのを見て「えっ」ってなったけど
浄土真宗は仏様を信仰してるから喉「仏」は別なのか!とあとあと気付く私。。。
曾祖母も祖母も、喉仏の骨だけ家の仏壇に居る。

それと、父方の祖母のときは大きな骨をあらかた拾っておしまいだったけど、
今回は金属探知機で骨以外のものをバチバチ省いて、
細かい骨までていねいに拾って頭蓋骨を入れる前に骨壷がパンパンになってた、、、

火葬場の方が骨壷に頭蓋骨を入れるスペースを作るためにちょっとすいません!って
骨をギュー!って詰めてバキバキ押し込んでたのは衝撃だった、、、


火葬が終わったらすぐお葬式です。お通夜もなくて1日で済ませちゃうらしい。
これは宗派っていうより地域性のようです。


父方の祖母のときの会場は照明も暗くてヒンヤリした雰囲気で
いかにもお葬式って感じだったけど、
今回は全体的に明るくて温かみのある感じだった。

祖母の葬式は人となりの紹介とかお別れスライドショーとかあって
司会の方のことばのチョイスで謎に大富豪のマダムみたいな仕上がりになってたけど
そういうもなくてシンプルだったなあ。

葬儀屋さんがビックリするくらいお花もたくさん届いていたけれど、
官房長官からお花とメッセージが届いていてビックリ
菅さんは地元の人だけど祖父とは直接つながりないと思う、、
政治活動してる親戚つながりじゃない??とのことだけど

祖母のときは県知事から弔電来てた。
県民みんなに来るのかな?と思ったけど今回はなかったしなにつながりだろう。
うちの町内に議員さんが居るからなのか、、、


南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経って、お経も違うんだなって聞いててわかった。
お寺のお坊さんの特徴ある声を聞いて、
母の実家に遊びに行ったときにこのお坊さんお経あげてたなぁとか思い出した。

そういえば戒名に自分の名前の漢字入ってるのいいなあと思った。
名は体を表すって本当だよね、、、
わたし本名ひらがななんだよね・・・。


親族代表の方の弔辞の後に、
わたしの弟が孫代表でお別れの言葉を読んだんだけど、、、


親族の方の弔辞の「孫も可愛いけど、曾孫も可愛いね!」と祖父が言っていたということと、
弟の「じいちゃんは「よく来てけたなぁ」といつも笑顔で迎えてくれた」と言う言葉を聞き、

前日に駅前で弟を待っているあいだ立ち読みした本に、
子供の頃に褒められて育った人は
褒められない自分はダメなんだって思ってしまうけど
無条件に愛情を注がれて育った人は
どんな状態でも自分のことをダメだと思わない、というのを読んだのを思い出し、

わたしはずっと一緒に住んでる父方の祖父になんでも出来るのは当たり前、
出来ないことを見つけてはダメだダメだと怒られてきたから
自分はダメなんだ、と思い込んで生きてきたけど、

母方の祖父は誰のことも、無条件に想ってくれてる人だったんだ・・・
ということに今になってやっと気付きました。

わたし学校生活上手くやれなくて今も底辺でずっと散々だけど、
母方の祖父にそういうの言われたこと1度もないわ。

孫全員、本当に孫ってだけで無条件に可愛がってくれてた。。。

実際母親は祖父にそうやって育てられたから、
今まで生きてきて自分のことをダメだなんて思ったことはないらしい。

こんなに想ってくれる人が身内に居たのに、
悪い言葉ばかり気にしてなんで今まで気付かなかったんだろう。


ちなみに弟のはただただシンプルにじいちゃんを好きな孫、って内容だったけど
これがとても好評だったらしく。

振り返ったら来た人たちみんな泣いてたもん。
弟は嘘はひとつも言ってなかった。

弟は演劇やってたから人前で堂々と話す、っていうのが出来るんだ!
そういう面も活舌良いとか立派だったよーって褒められてた。
演劇の経験が生きたね!って両親は言ってた。

わたしも弟が席外してるとき、いとこが弟に間違えられて
「あなたお孫さんでしょ!とっても良かったよ!あなたの言う通りの良いおじいさんだったよね(^o^)」
って言われて「何の話ですか」ってなってる現場に遭遇したし、、、(笑)


わたしと弟はお嫁に行った娘の子=外孫なので、
なんで跡継ぎの長男の息子にやらせないの?って批判もあったらしいけど、、、
弟が出て行った経緯知ってる伯父はあえて弟に頼んだらしい。

わたしたち家族もいろいろ思うところあった。



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この日はとにかく天気も良くて、
終始あたたかい空気が流れていてとても良いお葬式でした。
祖父がみんなのことを想っていたから、
来た人たち全員が純粋に悲しんで、祖父に感謝しているのがとてもよくわかりました。

わたしは女性は子供を産む機械おじさん的な親戚の人に
女に生まれたんだから早く子供産め!って言われたりしたけど(グサグサ)
祖父のことは誰一人悪く言ってなかった。

しかし、祖母のときも今回も、
人生の最後って、本当にその人の人生が全部出るなぁ~って思った、、、
どういう人だった、みたいな説明があってもなくてもどういう人だったかは伝わるしみんなわかってる。。。

徳って積むもんだな、、、
人徳、、、




父方の祖母と、母方の祖父、いろいろ対照的なお葬式でしたが
わたしはどちらも経験することが出来てとても人生の勉強になりました。



今回、父方の祖母と、母方の祖父を亡くして、
短い期間で父親の半分と、母親の半分が無くなっちゃったなぁ、
って思ったけど、

弟が帰って来てくれて、
わたしたち家族はまた家族のかたちに戻ることが出来ました。

父親と母親の半分はわたしで、もう半分は弟でもあるのよね。

だからわたしたちは、両親が元気なうちに、
ふたりがよろこんでくれるかたちで絶対しあわせになろうね!と
弟に話しました。



本当に、生まれ持った条件は悪くなかったのに
ひとりで悪い方に考えて人生を駄目にしてしまった後悔がひどい、、、
それでも家族がよろこんでくれるしあわせが欲しい。
わたしはしあわせになりたい。